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2003/2/28
今、また縁がありまして喫茶店をプロデュースする事になり、ばたばたと改装工事に入っています。場所はヤンゴン大学の真ん前ですが、完成したらまたお知らせします。その工事の現場を見ているとやはり日本とは全くやり方が違うのですが、まずノコギリやカンナは、日本の場合手前に引いた時に切れますが、こちらのものは、向うへ押した時に切れます。この大工さんは、住んでる家や公園のレストランの時もお世話になったおじちゃんで、無口で黙々と頑張ってくれます。この日は夜遅くまで仕上げに励んでくれました。東南アジアの男は怠け者が多いと言いますが、働き者で真面目な人もたくさんいます。(k.k)

2003/2/27
先日sanayのスタッフといっしょに、モービルという町(ヤンゴンからパゴーに向かった道を1時間くらい)に、ミャンマーでも有名な占い師のミンティカ先生の所に行ってきました。 この頃ジョートゥ監督主演、テテモウや辛口の発言で有名なサーガナーやコメディアンのアヤインなどの出演で「ポウナンバーゴン」という映画を見たばかりです。日本から来た友人といっしょに見たのですが、全くミャンマー語が分からない友人も面白かったといってました。その映画の原作者であり、ミャンマーNo1の占い師でもあるミンティンカ先生です。 私も見てもらったのですが、かなり良い事ばかり言われました。 日本の占い師が毎週質問してきているそうで、今回の訪問もその日本からの質問を翻訳しているミャンマー人の方の紹介でしたので、ミャンマー人でも簡単に見てもらえないそうです。私達の後の方も、連れのミャンマー人が言っていたのですがビックリする程偉い地位のある方だったそうです。ミンティンカ先生は、65歳気さくな感じで英語の素養もあり、この日はお天気がいいので、パラソル立てて庭で見てもらいました。私は、3月からすごく運気が上昇すると言われているので楽しみです。(k.k)

2003/2/26
さて、チャイントンに戻るとのんびりしたシャン州の田舎町です。トレッキングの途中で水牛をたくさん見ました。水牛はヤンゴン市内を少し出ると、良く見かけます。ですから別にこのチャイントンの旅で書くまでも無いのですが、いつか水牛の写真をとりたいと思いつつ、今回やっと写真が取れましたので、旅行記の最後をこの水牛君で締めたいと思います。今回親子の水牛をたくさん見かけました.その他水浴びしている水牛、白い水牛、、、私事ですが、1996年に始めてミャンマーを訪れて、インレー湖畔で、小雨の中水牛に乗って家路についている少年を見て、このゆっくりしたリズムというか絵のような情景を見て、ミャンマーに魅せられた6、7年前の事を思い出しました。 ゆっくりゆっくり水牛の背に乗って、、、、そんな生活もいいんじゃないでしょうか? (K.K)

2003/2/25
マインラーに着いたのが中国正月の前の日、日本風に云うと大晦日の日です。昼間からあちこちで爆竹が破裂してましたが、夕方ともなると町じゅうが花火大会です。まず我々が泊まったマインラーホテルの前でも、5、6メーターもある左右に火薬がついてる爆竹を、何列もつないで大蛇のように這わせて火をつけます。ものすごい破裂音と閃光に、観客の歓声もかき消され、あまりの迫力に身の危険を感じ、ホテルの3階のベランダから見ることにしました。高台に立つホテルの3階からは、マインラーの町がほぼ全域眺めることが出来ます。 あちらでもこちらでも打ち上げ花火に、手にもってロケット花火、そして赤い大蛇のような爆竹の、破裂音と閃光その後の白煙。町じゅうのあちこちで歓声と共に一晩中朝まで続いていました。この日一日で消費され消えていった金額を思うと、空恐ろしくなります。次の日の朝つまり中国正月の朝、ホテルの前の坂道は、爆竹を包んでいた赤い紙が、一面に散乱していました。他の場所も道が赤く染まっています。あんな花火大会は初めての経験です.そして改めて本当にここがミャンマーなの??という感慨とまだまだ知らないミャンマーが、たくさんある事を改めて感じた旅になりました。(K.K)


2003/2/24
緑にかこまれた一角に、ショッキングピンクの建物!すごく目立ちます。麻薬博物館です。展示も結構漫画チックで、 等身大の人形で若者がヘロインで体をこわして、施設で更生して再び社会に復帰するまでを描いてあったり、写真などが数多く展示されています。因みに入場者は我々だけでした。庭で、本物のケシの花を見ました。観賞用ポピーとして見慣れている、白と紫色のきれいな花で、こんな清純な花が恐ろしい白い粉になるとは。(K.K)

2003/2/21
やって来ました。チャイントンから車で3時間今道路を作ってる最中で、完成すると有料になるそうです。マインラーの町は全く不思議な所です。ミャンマーなのにミャンマーで無い。まさにミャンマーの中の異国。まずミャンマー語がほとんど通じない。ミャンマーのお金が通用しない。時間も中国の標準時間でミャンマーより1時間半も早い。町の中に店の看板が、法律で決められているのでしょうか?ミャンマー語と中国語でかかれていますが、それが無かったらこの町は、中国の新興都市のようです。大きくて近代的なホテルがたくさん建築中です。すべてそれらのホテルの1、2階はカジノです。トレッキングの格好でカジノを見学して回った我々は、完全に場違いの一行でした。誰かが「何か嘘っぽい町だね〜」といってましたが、本当に何か町全体がにわか作りの映画のセットのような、何か作り物くさい町です。(K.K)

2003/2/20
エメラルドと金と言う名前の温泉です。
チャイントンに行くまで温泉があるなんて知りませんでした。ダウェーにも温泉があり入ったことがありましたが、そこに比べるとここはかなり商業的に成功しています。まずチャイントンの町から川沿いの結構危ない道を車で行くこと40分、 何軒か食堂街もあります。車やヤンゴン市内ではあまり見かけないオートバイで若者がやってきています。食堂街で玉子70ks(高いものは150ks)です。市場で買うと38ksくらいです。日本でも観光地や温泉地は何でも高いのですが、、、、広場の端に温泉の源泉があって、ここに買った玉子を10分間つけていると美味しいゆで卵になります。温泉は個室が500ksか家族用の広い部屋は割高になります。ミャンマーで温泉に入れるなんて、お湯も綺麗で本当に幸せな気分。帰るまでに3回も入りに来ました。(K.K)


2003/2/19
1枚の写真は市場でアカ族の民族衣装を売っている店です。アカ族の女性は普段からこのような帽子とミニスカートと脚半(きゃはん)で歩いています。少数村のトレッキングにも行って来ました。4つ5つの村に行く予定でしたが、やはり人の生活を覗き込むような気がして、私はあまり気分が乗らなかったし、あまりに商業的に歓迎されても白けるし、タイの観光化され過ぎてる少数民族巡りよりは、本当に素朴な人たちです。しかし、アカ族とアン族の村2つ行っただけで疲れて帰りました。アカ族の家が、日本の田舎の家の形に似ているのが不思議です。山の傾斜に家を建て、自然の中で暮らしている人たちの生活の中に、都会人がトレッキングと称してドカドカトと踏み込むのも私はどうかと思ってしまいました。(K.K)



2003/2/18
シャン州のカウスエ(緬)です。さっぱりしていてヤンゴン市内でも、モヒンガーと並んで人気が有ります。緬と汁が別々の器で出てくることもあります。好きなように注文できます。もともとシャンカウスエをあまり好きではないのですが、シャン州の本場で食べるシャンカウスエはまた特別なものが有りました。市場の中のたくさん並んでいる店の中の一軒です。何時頃から身についた習慣か忘れましたが、ミャンマー人がお金を払うのを見てから同じ料金で食べたり買ったりします。外国人だと見るととんでもない値段を言う商人もたまにいるからです。(K.K)

2003/2/17
さてさて念願のチャイントンへSANAYの西垣さん家族と他の友人など総勢7名で行って来ました。 マンダレー、ヘーホー、タチレイ、チャイントンと飛行機4時間乗り継いで、やっと到着したら私の荷物だけがロストバゲッジ。じたばたしても始まらないので、貴重品は全てシャンバックの中に有るし、ホテルに直行した。荷物はタチレイで降ろされたらしく次の日には到着した。チャイントンは、ミャンマーのスイスともいえるくらい町は簡素で美しい。朝市に行って来ました。何処でも市場に行くといろいろな事が分かります。食べ物着る物など。タイにも中国にも近いので、物資は豊富です。結構物価が高くて、荷物が1日で届くと思わなかったので、着替え用のシャツや靴下を買ったらヤンゴンよりよほど高くて驚きました。写真は、やわらかそうな豆腐です。ヤンゴン市内で見かける豆腐は硬くてまずくて美味しくないのですが、日本の豆腐のようなやわらかさです。ホウキを背に背負って売り歩いている少数民族のおばさんもいました。子守りをしながら野菜を売っているおばちゃんもいます。活気がある市場です。(K。K)



2003/2/14
先日紹介した51通りにあるモヒンガーの店、ミャインミャドーチュウです。ミャンマー人以外には難しい名前です。店内もお世辞にも綺麗な店とは言えないのですが、薄暗い店内にオーナーのおじさんの大学卒業時の学位受賞のガウン姿の写真が額に入れて飾られています。この学位の写真はミャンマー人の家に行くと居間などの壁に掛けられているのをよく見かけます。名刺に学位の名前を印刷する国です。教養があるという事は、金持ちである事より名誉な事なのでしょう。さていつもお客でいっぱいのこの店ですが、久しぶりに行くとTAKE OUTのためのシステムが出来上がっていました。どの国でも日々改良して努力している店は発展しているようです。何軒も閉店した店も見てきたので、この頃は繁盛店とそうでない店が、、すぐに識別できるようになりました。(K.K)

2003/2/13
記念すべき第50回ミャンマー映画アカデミー授賞式が終わり、新聞にはこれまでのアカデミー受賞の歩み(歴史)が掲載されていました。 今年2003年の1月に2001年度のアカデミー賞の発表??これは友人の意見なのですが、映画のプリント数が少ないので、まずヤンゴンやマンダレーあたりで上映されて、ミャンマー国内の地方都市などを順順に上映して回りるのに1年くらいかかるので、上映された年とアカデミー賞の発表が1年以上も遅れるのでしょう。50年の歴史の中で、最もアカデミー賞を受賞しているのは、今現在のアカデミー賞審査委員会の会長も勤める映画監督のウ トゥカです。監督賞を6回受賞しています。
以下 俳優の部門では、主演男優賞5回のヤンアウン、4回はジョーヘイン、主演女優賞のモモミアウン(ミンアウンを父に持ち天才的演技力で一時代を築く)今年ライバルのモモミアウンに並んだメイタンヌなど5人。(故人も含む)3回は9人いて今現在も活躍している人は、昨年3回目の受賞に輝いた20世紀ミャンマー映画界最高の美女キンタンヌを始め、女性歌手としても有名なチョウピョン、以前アカデミーホテルを経営していたワワウィンシュエなど年配の女優さんが目立ちます。2回になると今年受賞して大喜びしたテテモウも入れて26名。 1回だけになりますと、主演男優賞12名 助演男優賞12名。主演女優賞15名、助演女優賞14名になります。
アカデミー賞は、その他作品賞、脚本賞、カメラ賞などがあります。本場アメリカのアカデミー賞に比べて複数受賞者が多いのは、対象になる劇場上映の映画が、年間15本位しかなくてやはり人気のある客が呼べる俳優さんは何時の時代にも限られているので、人気のある俳優さんはそれだけ受賞回数も多くなるわけです。それにアカデミー賞を受賞すると名前の前にアカデミーが付きます。例えば今年初めて受賞したミンモウクンは、受賞以後ポスターの名前にはアカデミーミンモウクンになる訳です。(k.k)

2003/2/11
さて以前にもご紹介した、ヤンゴンの食材を担う最大の中央卸市場です。時々レストランの仕込みのトラックに乗せて貰って遊びに来ます。なんといってもここから各市場に野菜などが運ばれていくわけですから、野菜や果物などが最も新鮮な状態です。あまりの野菜の美しさにたくさん写真をとりました。3階はどういうわけかハッピーワールドという遊園地(シュエタゴンパゴダの前にある遊園地ハッピーワールドの支店)あり、ビリヤードも出来ます。市場は24時間営業で早朝が最もにぎやかなようです。この市場はヤンゴン市内の西側アーロン地区にあって。96年の「観光年」に友人と来た時、友人の父親があの有名なアーロン捕虜収容所にいたというので、ガイドさんに頼んでアーロンを写真にとって帰って父親に見せたら、「おおビルなどたくさん出来て、ずいぶん変わったな〜」と感慨深げに写真を見ていたそうですが、、、、 後になって、収容所があったアーロンとこの地区のアーロンは全く関係の無い事が分かりました。(K.K)


2003/2/10
今でもタクシーの運転手には「マゴーラン(ランは通り)」言った方が通りがいい、シュエボンター通りと、アノヤター通りの交差しているあたりが、ヤンゴン市内でも最も車が渋滞する地帯です。それ以上に人々の交通マナーの悪さというか、信号も無い所で勝手にドンドン渡ってしまいます。横断歩道等が余り整備されてないので、私も車の流れを見ながら道の横断やっています。-- しかし、この場所のアノヤター通りは、中央分離帯に金網があり勝手に横断できないようにして有ります。アウンサン将軍市場の前や、スーレーパゴダ通りのストランドロードよりの道もやはり金網があります。 さて、そのマゴーランは有名な店が多く、東京フライドチキンや眼鏡のアメリカンヴィジョン、ユナイティッドヴィジョン、夕方になるとたくさんのクリニックがオープンします。 国立の病院の医師達のアルバイトがこのクリニックです。クリニックでの1日の収入が本業の1か月分以上と言われています。 マゴーランの東側一帯は、看板屋が道の端に小さな店を出しています。私も最近この看板屋に、新しくオープンする店の看板を注文しました。(K.K)


2003/2/7
ヤンゴン大学では、今毎日学位授与式が行われています。私もヤンゴン大学から式典用のガウンや帽子を借りて昨年の8月に、ヤンゴン外国語大学が初めて式典をやってくれたので、学位では有りませんでしたが、修了証書を頂きました。 今は地方の各大学を卒業、修了した人達も、ヤンゴン大学で記念の式典に臨むのが習慣になっています。現在はこのヤンゴン大学のキャンパスには、学生は大学院生を除いて、ターリンキャンパスやダゴンキャンパスに分散されていないのですが、やはり、ミャンマーの大学の中でもシンボル的存在はヤンゴン大学です。連日各大学修了者が記念の式典に参列しています。(K.K)

2003/2/6
中華街ではチャイニーズニューイヤーのお祝いが続いています。太鼓に合わせて獅子舞を家に呼び、幸運を呼び込みます。

2003/2/5
最近ヤンゴンではストレートのヘアスタイルが流行しています。オシャレな女優として有名なエンドラジョーズィンから発信されているようで、髪の長さが肩までで真っ直ぐストレートヘアにする人も多いです。短い髪で1回最低15000チャットします。

2003/2/4
最近CM、映画で大人気の男優ヤーザーネウインです。格好がまあまあ普通ですが特別なスタイル、演技でファンを引き付けています。ミャンマーの芸能界で30歳以上になってから有名になるのはめったにないことですが、話し方、体の動き方は独特の魅力があり、例えば、新しいシャツやズポンにバッヂを外さないでつけぱなしで着るなど、誰もやらないことに挑戦し人気を呼んでいます。姉が歌手「Hay Mar Nay Win」で父親「Kaw Leik Jyin Nay Win」が昔もとても人気がある男優でした。父親が他界した後芸能界に入りました。雑誌のインタビューではお父さんがやらせたくないのは男優でしたと言っていました。(写真の左側)

2003/2/3
昨年12月にオープンしたパガンのタラバーゲートホテル。オールドパガンに位置し、アーナンダ寺院を眺めながらの朝食、焼きたてのパン、フランス人フェフによるディナーが好評のようです。お部屋は広く快適で、パガンで一番のホテルになると噂が出ています。


by マ・カインカインエー & 木村 健一 & 西垣 充
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