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2002/05/31
最近ヤンゴンではペットの犬を飼っている人達が増えてきています。小型犬の色も白っぽくて毛の長いふわふわとした犬が、たぶん中国産なのでしょうか割りあい安く売っています。時々シェパード犬を見かけますが、大型犬はこの雨季には散歩なども大変です。この写真の犬はダルメシアンですが、日本から連れて来た犬が皮膚病になって毛が抜けるので、動物の病院に連れて行った時、このダルメシャンの子犬が売られていて、10万Ksで購入しました。メスでまだ3ヶ月です。散歩に連れて行くと道行く人が必ず聞いてきます。「いくらするの?」と「何という犬なの?」この2つです。まだ他にダルメシャンを見た事がないのでかなり珍しいのでしょう。(K.K)

2002/05/30
UFL(ヤンゴン外国語大學)の校庭にあるタマリンドウの木です。今茶色の実がさやえんどうを大きくしたような形でたくさんぶら下がっています。タマリンドウ(ミャンマー語でマジーティ)は、ジュースにしたり料理にも使います。アヒルの卵料理に酸味を出すために使うそうです。ジュースにする時は砂糖ではなくて、タニィエという椰子からとる糖分で甘味を出します。(K.K)

2002/05/29
すでにミャンマー人のスタッフが取材した店ですが、木村的には驚きの店ですので、重ねて報告します。まず日本人だけを対象にしていない、つまりミャンマー人に来て頂きたいというオーナーの希望を反映するように、まずは値段が安い。カレーが350Ksご飯を日本米に少し近いシャン米にすると450Ks、カレーのルウもオーナー(日本人)の手作り,その他手に入っても値段の高い日本製品パン粉やトンカツソースなども自家製というから驚いています。お金のないUFLの留学生仲間に早速報告して、みんなで食べに行きました。(K.K)

2002/05/28
最近、タバコやお酒のテレビのCMが禁止されていますが、雑誌やジャーナルでの広告は認められています。今月のLivingColourという雑誌で出ている新商品は「ジンレモン」「ウイスキーオレンジ」、「ラムコーラ」の3種類。アルコール5%入っています。製造販売会社は「Maxジュース」を製造してPinya Manufactuaring Co.,LTd. 1本320mlで245チャットです。

2002/05/27
スリの事をミャンマー語で、カパイナイと言います。よくバスの乗ると「スリに注意」と書いてあります。しかし、実際にスリにあったという話は聞いた事がなかったのですが、先日うちのドライバーが財布を拾ってきました。現金はもうとっくに取られていて、持ち主の身分証明書と電話帳が入っていました。 友人が以前財布を落として、パガンまで身分証明書の再発行の為に10日間くらい帰っていました。時間も費用も馬鹿になりません。それで財布の持ち主も困っているだろうと思い、その電話帳の中の友人らしき人に電話して、持ち主に3日目に連絡がつきました。同じタムエに住んでる人でしたので、ロンジンを手土産にやって来て、非常に感謝されました。その時私は初対面だと思ったのですが、1年以上前から北オカラッパにある僧院で、ボランティアで日本語を教えているのですが、そこで何度か私の授業にでた事があるといわれて驚きました。他でもこちらは知らないのに、向こうの方が私の事を良く知っているというケースに度々遭遇するので、やはり外国人は目立つので自分の行動には,今以上に気をつけなければと思った次第です。(k.k)
2002/05/24
10日ほど前から急激に雨季に突入し、連日のように激しい雨が降り続いています。ついこの間まで40℃の猛暑がつづいていた事がまるで嘘のようです。お陰で、上半身(顔をのぞいて)全体に出来ていたアセモが,これまた嘘のようにひいて痒みも全くなくなりました。毎年の事ですが、集中豪雨になるとすこし低くなっている道は川のようになってしまいます。側溝のドブさらえが始まるのもこの頃の風物詩です。(K.K)
2002/05/23
1988年にミャンマーを離れ、アメリカで生活しているミャンマー人が弊社事務所にやって来ました。彼は弊社ホームページの愛読者で現在サンフランシスコ在住、この度14年ぶりヤンゴン帰国したので、ホームページを作っている弊社に興味がありやって来ました。14年ぶりの帰国で彼を驚かせたのは、車の量と高層ビル。そして14年前は2チャットだったモヒンガは100チャットに、ラペイエは70チャットになっており、1ドル=約20チャットだった時のイメージが残っている為、とても高く感じると話していました。彼の14年ぶりのヤンゴン体験はエッセイとしてまとめて掲載する予定です。お楽しみに。

2002/05/22
さてその店舗で起きた不思議な話を思い出しました。2年以上も前の事ですが、チャウンダービーチにその当時の家庭教師のアウン君夫妻と出かけて1泊した後、またまたバスに揺られてヤンゴンまで半日かけて戻ってきたのですが、バスはバスセンターがあるソバジゴンまでです。そこからダウンタウンにあるアパートまで帰るのに、アウン君夫妻とバスで乗り合わせた初対面の太った男性とタクシーをシェアーして帰りました。ここまでならよくある話ですが、その翌日1人で昼飯でも食べようと「203」に行くと、席に着こうとするとなんとアウン君が友人と入ってきました。(因みに彼の家も私の家も店からは遠い)それだけでも驚いていると、昨日タクシーをシェアーした名前も知らない太った男性も少し遅れて入ってきたので、まるで別れ際に「203」で会うことを約束したような感じになって来ました。その後この太った人とは1度も会っていません。アウン君はその後シンガポールで2年働き、1時帰国して奥さんと会いに来てくれましたが、またシンガポールに行ってしまいました。「203の偶然」はどんな意味があったのか時々思い出しては考えています。(K.K)
2002/05/21
マンダレービールの新商品「マンダレーラムソーダ」が発売されました。1本380チャットです。

2002/05/20
「203」ビルマ料理の店の名前です。番地がそのまま店の名前になっています。アノヤター通りとアウンサン通りを結ぶ37St.に有ります。「ダヌービュ」や「アウントゥカ」など何時も客が溢れている有名店は他にもありますが、ダウンタウンにあって本当に狭い店舗ですが、作り置きの惣菜の種類も多く、木村個人としてはヤンゴンで1番おいしいビルマ料理店だと思います。(k.k)

2002/05/17
知らない間にこんな立派な橋ができていました。この橋のお陰でマンダレー管区にあるパガンからマグエ管区に行く事が出来ました。アノヤターとは11世紀にビルマを始めて統一した王様の名前です.ダウンタウンにある5本の幹線(東西に走る)の北から2番目の道路の名前にも使われています。他にもマッハバンドゥーラ橋、バインナウ橋 ボン(将軍)ミャトン橋など橋や道路の名前には、偉大な王や勇猛果敢だった将軍の名前を冠したものが多く見られます。

2002/05/16
ミャンマーではピンウールイン(別名メイミョ)が景勝地として有名ですが、ここメイティーラも負けないくらい町全体が美しく、特にメイティーラ湖の付近は名画のような美しさです。湖の中にパゴダが建立されていて夜になると桟橋も豆電球で彩られライトアップされます。パゴダの入り口付近では小魚を売っている店がありました。これは食用でも観賞用でもなくてお布施の為です。この小魚を湖に放し功徳を積むものです。他のパゴダの門前には、小鳥を売っているのが普通ですが、魚というのは実は私も初めての経験でした。(k.k)

2002/05/15
ついにミャンマーでのインターネットが解禁されました。料金は入会費500ドル、年会費300ドル、月55ドル(30時間)追加1時間2ドル、制限なしは180ドル。メールアカウント5もつきます。
2002/05/14
ミャンマーの季節は唐突に変わります。11日から12日にかけての夜、突風が吹き落雷まで有って、いわゆるレモンダイと言われるミャンマーの嵐が吹き荒れれました。横殴りの雨が一段落して落雷の後、1時ヤンゴン中が停電になりました。どんなに停電でもシュエタゴンパゴダとマッハバンドゥーラ橋、遠くにターリン橋は常にライトアップされていましたが、その照明も消えて、町が全く真っ暗闇に包まれました。そして舞台の場面が変わるように、いきなり暑い暑い季節から、半年くらい続く雨季に突入した模様です。(K.K)
2002/05/13
弊社の近くに串カツ日本食レストランが開店しました。生ビール、カレー、等が注文できますが、注目はカレーモヒンガーとカレーナンジーです。ミャンマーの代表料理モヒンガーと日本のカレーを併せて新しい食べ物にしています。1本180チャットの串カツは絶品でカレーも一皿350チャットと格安。カレーのルーと特製ソースは自家製でとてもおいしいです。今年一番のオススメレストランです。

2002/05/10
メイティーラは大きな湖のほとりに王朝時代から景勝地として栄えた町です。湖の近くにナガヨンパゴダ(竜神パゴダとも訳しましょうか?)があります。この日は風の強い日でしたが、曇り空のした湖から吹き付ける風に何故かお地蔵さんがすくっと立っていました。これは日本人戦没者の遺族からの寄付だそうです。

2002/05/09
メイティーラは想像以上に美しい町でした。カンボーザ銀行、ヨーマ銀行、ミャンマーメイフラワー銀行など殆んどの銀行の支店も営業しています。ミャンマーを南から北に貫く幹線道路が通っていて大型トラックやバスなどが市中を通り過ぎて行きます。市民の足は、自転車、オートバイ(ヤンゴン市内は殆んど見られない)そして馬車です.(k.k)

2002/05/08
まだ展示会などを除くと、一般的にはミャンマーではデジタルカメラは販売されていません。しかし、現像や焼き増しのサービスは何軒かの店舗で行われています。以前チャイテーヨー(ゴールデンロックパゴダ)に14、5人のミャンマー人を連れて行った時に、普通のカメラが3、4枚取った後急に故障してしまい、仕方ないのでヤンゴン便りのネタのために持ってきていたデジタルカメラで、撮影を続けました。彼らにとって始めての(もしかしたら最初で最後かもしれないし)チャイテーヨーですし、貴重な写真になるだろうから1人1人やグループでかなり撮影しました。ユズナープラザのカメラ店で現像できるというので1枚500Ksで75枚位してもらいました。ずいぶん高くつきましたが彼らの思い出には代えられません。ところがその後、トレダーホテルのコダックのサービスセンターで1枚120ksでやってくれると聞いてがっかりしてしまいました。今回ここで20枚ほど現像してもらったら、少し値上がりして150ksになっていましたが、まだまだ安い!(k.k)
2002/05/07
以前にもこのコーナーでミャンマーのもので日本より高いものが有ると報告しましたが、 その最もたるものが携帯電話です。一時は400万ksにもなって本当に一戸建ての家が(郊外ですが)買えるくらいでした。その後270万200万とジリジリ値下がってきて、 携帯電話を10万台販売するというニュースが流れた後は、150万 130万の声まで聞かれ始めました。そのうち100万きったら購入しようと考えています。(k.k)
2002/05/06
メーティラからパガンに戻るに当たって、来た道と同じだとおもしろくないのでトラックカー(小型トラックを改造したバス)に乗って、ジャッバタンに行きそこから乗り換えてパガンまで帰ったのですが、7、8時間かかってしまいました。特にジャッバタンからのトラックが満員で屋根の上しか空いていず、かといって次の車はいつ来るかも分からないし、その車も2、3時間満席にならないと出発しないだろうから、覚悟を決めて屋根に登りました。それでも30分くらいこれでもかこれでもかと人を屋根に載せるのでゆっくりすわる事も出来ません。しかし、大勢の人がいるので、上が重すぎて車が倒れる怖さより大勢で乗っているという心強さの方が増してきて、上下に激しく揺られながらも無事にパガンまで戻ってきました。もうこれでどんな車にも乗れるような気がしました。(k.k)

2002/05/03
猛暑が続くヤンゴン。まだほとんど雨が降らず今年は雨が少ないかもしれません。車のダッシュボードの上においたカセットテープは3時間あまりでグニャグニャに曲がってしまい使い物にならなくなってしまいました。

2002/05/02
今回の小旅行は、チンの山の中にある村に行くのが主な目的なのですが、パガンまで何時もどうり飛行機で行ってそれからすぐにバスに乗ってメイティーラウを目指しました。(一人だけでメイティーラに行って再びパガンに戻り他の4人と合流して、チンに行きました。) パガンのシュエズィゴンパゴダの近所にあるバスステーションからはマンダレーやタウンジーなど各方面のバスが出ています。因みにメイティーラまで1200Ksで座席もありましたし、4時間余りわりあい快適な旅でした。メイティーラは第2時世界大戦の時、日本軍が殆んど素手に手りゅう弾1個を持って戦車に向かっていったという最後の激戦地でした。ミャンマーのほぼ中央に位置して今でも交通の要所になっています。(k.K)

by マ・カインカインエー & 木村 健一 & 西垣 充
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