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■ 2001/2/28
さてこの日は絶対に「ミンターカー」を観る為に夜中の12時から出発しました。2時頃芸居小屋に入ると超満席1500人〜2000人の人達が見物しています。そしてなんと午前4時から最後の「ミンターカー」が始まりました。日本でいうところの大演劇のノリで、チップやおひねりをミンターにあげるところも似ていて踊りもミエを切って観客にアピールするところまで一緒でした。まさにマウンチャンターは座長芸をたっぷりと楽しませてくれました。
(by 木村 健一)

■ 2001/2/27
チャイカウパゴダのお祭りの中で、最大級の小屋がシュエマンの芸居小屋です。シュエマン一座の座長はシュエマン亡き後息子のマウンチャンターと彼の若い2人の甥がミンター(役者)として支えています。最大の出し物「ミンターカー役者の踊り」は真夜中の3時間から始まると聞き、この日は夜1時過ぎまでねばりましたが結局翌日の事を考えて帰りました。
(by 木村 健一)

■ 2001/2/26
チャイカウパゴダのお祭りです。ヤンゴン市中も含めてこれ程大きな祭りは始めて経験しました。祭りの間日夜3回行きましたが、夜の方が人の数が多く。普段は何もないところに、人力の観覧車2機、屋台や夜店、喫茶店、レストラン、踊る象の小屋、お笑いの小屋、歌手のステージ小屋、映画館も出ています。タナか(顔に塗る)の木を売る店もたくさん出ていました。何千人もしかしたら一万人位来てたかもしれません。臨時の病院も開設されていました。
(by 木村 健一)

■ 2001/2/24
先日、パンソーダン通りの(ローカーナ展示場)でマンダレー出身の写真家や画家の展示会がありました。即売もやっていました。価格は5,000Kyatから30000Kyat位です。主な画家は風景画家のKan Chun,写真家はMyaung U Than Htay他です。
(by 木村 健一)

■ 2001/2/23
時々、ヤンゴン市内の歩道で見かける光景です。この写真はパゴダでのものですが、人がとおる場所にはこのようにはかりを置いて体重を量るだけで5Kyat という商売もあります。この日は昼過ぎで、お客さんが来なくて留守番の子も昼寝していました。果報は寝て待てか?
(by 木村 健一)

■ 2001/2/22
ガバエーパゴダ通りの、トヨタのショールームがある一等地です。車で通っていると、「この家売ります」という看板が目につき、時代がかったお屋敷がはたしていくらで売られているのか好奇心で門から入っていくと、1階の壁に「この家は絶対に売りません」という看板が、庭にある大木に目を移すとそこには「売家」とあります。庭師の人に尋ねると、遺産相続して1階の権利の持ち主は「売らない」2階の相続人が「売りたい」で争っているそうです。
(by 木村 健一)

■ 2001/2/21
大理石仏の聖ローカーチャンターアバヤラバ仏が完成に近づいています。仏像も仕上げ作業に入り、いろいろな建物や参道等も整備されています。伝統的な建築様式に使われる装飾的部分も現場で製作しています。写真はコンクリートを型に流し込んでいる作業場の風景です。
(by 木村 健一)

■ 2001/2/20
パガンから更に車で3時間程行った内陸の村で、ジョピンタ村といいます。今の時期(乾季)になると一番の問題が水不足です。村はずれのこの池も水が少なくなってきます。今、BAJ(Bridge Asia Japan)という日本のNGOがパガン地区30の村々に井戸を掘る事業を進めていて、現在6つの村で井戸が完成しました。この村も30の村のひとになっていますが、井戸掘りの工事がいつになるかは未定だそうです。
(by 木村 健一)

■ 2001/2/19
焼き物の町トンティでは、サイカーの運転手に焼き物を作るところを見学したいと頼めばすぐに連れて行ってくれます。この釜元では夫婦2人で作業をしていました。奥さんが足でけってロクロを回し、夫は5分間で1個仕上げていました。ただし1個作って2チャットと聞いて驚いてしまいました。とても日本円に換算できません。
(by 木村 健一)

■ 2001/2/17
市内で一番高い場所から「河の向うはド田舎」のダラ地区の眺めです。ヤンゴン市内、特にこのダウンタウンにはビルが林立してますが、河ひとつはさんだダラにはまだ3階建以上の建物はないようです。このダラ地区から車で一時間半で、焼き物の街トンティに着きます。
(by 木村 健一)

■ 2001/2/16
マハバンドーラ通りに有名なダンバウ(インド風炊き込み御飯)レストランは集中していますがこのNWW MOE HSAUN FOOD CENTAR(直訳すると、夏と冬の雨)はボアウンジョー通りにあります。清潔な店内に制服姿のボーイ達がてきぱきと働いていて、ダンバウ一皿が200チャットと非常においしく、友人は3皿おかわりました。壁に扇風機が20機も並んでいて壁がタイル貼りなのがいかにもインド系の店です。
(by 木村 健一)

■ 2001/2/15
ヤンゴンでは Dog Contest が開催されました。ときどき、うちの駄犬を連れて散歩していると、非常にまれですが、大型犬ジャーマンシェパードやダルメシアンを連れている人を見かけます。ペットショップも2、3軒できてきました。写真は日本から連れてきたうちの駄犬とヤンゴン猫です。
(by 木村 健一)

■ 2001/2/14
中国正月も終わりミャンマーは暑季になろうとしています。マンダレーから車で2時間位の高原の町ピンウールィン(メィミョウ)ではよく見かけますが、ここヤンゴン市内でもボジョー市場付近でイチゴ売りを見つけました。すべて小粒のイチゴです。
(by 木村 健一)

■ 2001/2/13
よく郊外まで出かけると時々見かける光景です。土葬によるお墓です。主に中国系の人達のお墓が多いようです。一般的にお墓は作りません。
(by 木村 健一)

■ 2001/2/12
エンジンパンという花で街中ではほとんど見かけません。この写真もトンテェイにある寺院でとりました。葉のついた枝々は空に向かっていますが、幹から下にさがる枝に花が咲きます。この木の下でマヤ夫人がお釈迦様を生んだといわれています。
(by 木村 健一)

■ 2001/2/10
Fuji Coffe Shop という喫茶店が大学通りをはさんでヤンゴン外国語大学の斜め前にあります。新しい店ではありませんが昼時、外大の食堂が人であふれかえっていても、ここでは静かに食事をとる事ができます。しかし、大学の食堂ではコーヒー一杯30Kyatですがここでは500Kyatです。前庭に孔雀がいます。
(by 木村 健一)

■ 2001/2/9
樹の名前はインドボダイジュ。
ミャンマー語で「ニャウンピン」といい、弊社があるビルの名前にも使われています。ニャウンピン市場という名前のビルなのですが、以前からこの菩提樹(ボダイジュ)が周りに多く植えられたところから命名されたのでしょう。お釈迦様が悟りを開いたのがこの木の下だといわれています。
(by 木村 健一)

■ 2001/2/8
ヤンゴン港の風景です。ここに陸あげされている物は籐の原木です。これをきれいに洗って細く削り、コスター、ランプシェドーなどの籐製品や、さまざまな家具に加工されて主に輸出されます。
(by 木村 健一)

■ 2001/2/7
ミャンマーには葉がすべて落ちてしまう落葉樹はないと聞いていましたが、この木は乾期である現在ほとんどの葉が落ちてよく見ると豆のさやのようなものがたくさん下がっていますこれがタマリンドウの実で酸っぱいジュースになります。
(by 木村 健一)

■ 2001/2/6
サミットパークビュウホテルに日本食レストラン「おしん」が開設されました。それに先かけて日本食ビュッフェが1月27日(土)夜7時より開催されました。(食べ放題1800Kyat)ホテルの日本食レストランは他には、トレーダーズホテル「竪琴」。エカトリアルホテル「勘八」。日航ホテル「弁慶」等があります。
(by 木村 健一)
■ 2001/2/5
来末11月12月にかけて、ミャンマーでは犬が出産します。この子犬たちも2々月半位でしょうか。ノラ犬ですが毎日ミルクを上げてるせいかすごく太ってきています。
(by 木村 健一)

■ 2001/2/3
ミャンマー語で「ガウンショーサイン」頭を洗ってくれる店です。もちろん散髪もできます。頭を洗いながら首や肩のマッサージもやってくれて、1時間で800から900チャットです。他人の頭を洗ってあげる行為は、仏教の教えの中でも功徳がるとされていて、女性たちも明るくおしゃべりでコーヒーや紅茶のサービスもあります。
(by 木村 健一)

■ 2001/2/2
月曜日の午前10時、弊社があるにビルから撮影したものです。学校の下校時の他に、ここヤンゴンでも月曜日は交通量が多く。市内のあちらこちらで渋滞を引き起こしています。
(by 木村 健一)

■ 2001/2/1
現在ヤンゴン市内にボーリング場が2つあります。一つはシンガポール資本のタケダにある遊園地「View Point」の隣こちらは韓国人の経営の「Right Bowling」です。1ゲーム200チャット。シューズなどはこちらのボーリング場の方が清潔です。U Ba Kyaw Street Tamwelay, Tel 571705
(by 木村 健一)

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