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by 鈴木 芳雄
2001年5月1日記
暑さの到来
水祭りも終わり、マンゴーの美味しい季節になってきました。いよいよ暑さ本番です。三月末の家内来緬を機会に、ガパリー・ビーチ、そして一旦マンダレーに戻り、更にバガンへと旅行を続け、水祭りはマンダレーで過ごしました。ガパリー・ビーチについては前稿で触れました。バガンに関しては、次の三点を特筆したいと思います。
第一点は、往路、朝6時に船でマンダレーを発ち、夕方4時過ぎにニャンウーに着きましたが、心地よい川風がいつの間にか熱風と化していて、デッキにいても何だか息苦しくかんじられたことです。バガンはマンダレーより暑いと聞かされていましたが、図らずも、それを実感しました。第2点は船は途中3ヵ所ほど船着き場のような所に立ち寄りましたが、その時の風景についてです。上手に大勢の子供たちがいて何か叫んでいます。それに向かって乗客達(殆どが外国人で50人ぐらい)が食べ物やら小物を投げ与えていますが、先を争って取り合い、水中にまで転げ回っている有り様は、とても人間同士のやりとりとは思えないものでした。第3点は復路に利用したバスについてです。日本の地方路線バスのおんぼろ中古車で、それ自体は驚くに価しません。しかし何と、全座席を一定の高さまで嵩上げして固定し、その空いた部分に荷物(この場合、穀物の様なもの)をびっしりと詰め込んでいるのです。通路も同様ですから、腰をかがめてしか移動できない状態です.バスに乗ったというより、荷物の上に載せたと表現した方が適当のようでした。
マンダレーの水祭りはヤンゴンより盛大な感じんです。王宮の堀をバックにした大ステージ(スポンサーは殆どがビールやタバコの会社)からふんだんに放水するのですから、なかなか圧巻でした。夜にはこのステージでショーが催されますが何しろマンダレーのみならず近郷近在から人や車が集まるのですからその混乱ぶりも想像以上で、相当の忍耐力を要するイベントと化していました。
家内が帰国して、3週間ぶりにホテル住まいを切り上げ、元の寮生活に戻りました。この間にも暑さの度合いは進行していたのでしょう。日中の室温は35-36度まで上がり、夜になってもそのままです。今でも就寝時は一苦労ですが、明け方には30度位にまで下がり人心地がつきます。30度という気温が何とも涼しく感じるのですから、人間の感覚とは不思議なものです。あまりの暑さに一時は食欲も酒欲もなくなり、体重が2kgも減ってしまいました。どうなる事か心配しましたが、喉の渇きに任せてがぶがぶ水を飲んでいるうちに慣れてきたのでしょう、何時の間にか回復したのは実にラッキーでした。
夜中のトイレとの関連で夕食後は努めて水分の補給を控えていましたがそんなことは何処かへいってしまったようです。また従来はポリ・ボトル入りの水を加熱し、それを冷却して飲用としていましたが、とても間に合わなくなったので、加熱を止め直接冷却して飲んでいます。体件では火事を誘発しそうになったり、過去に苦い経験をしていますが一体何だったのか、ただただ苦笑するのみです。
マンゴーは暑さの到来に合わせて出回ってきます。マンダレーの特徴の一つはヤンゴンに較べて、季節の果物が安くて美味しいということでしょう。今、朝の市場は大小様々、色とりどりのマンゴーで溢れています。今日の昼食時には、冷やしておいた黄色い小さなマンゴーを三つほど食べましたが、それは甘くて美味しいものでした。
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