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by 鈴木 芳雄
2000年8月19日記
お祭り
ミャンマーに来て初めてお祭りというものに出かけました。もっとも4月(ミャンマー歴の正月)に行われる水祭りを別にしてということですが。大の男3人にしっかりとガードされての見物でした。
同僚の中年の女の先生の言。お祭りには大勢の人が集まる。皆踊っている。お酒を飲んだ酔っ払いが多く喧嘩も多い。OKAMAがヤンゴンから大勢きている。とても危険だから行かない方がよい。たどたどしい日本語と独特な抑揚でこう解説してくれました。日頃から彼女の話し振りにはユーモワがありイスラム教徒ということと相まって、特異な存在です。これですっかり興味をそそられ、ミャンマー人の知り合いを口説いて連れていってもらうことにしました。
ミャンマーでは仏教とは別に、精霊信仰が盛んで、それようの祭壇を持った家庭も多く見られます。仏教が専ら来世に注目しているのに対し、こちらは、儲かりますように、病気が治りますように、試験にパスしますようにといった現世の実利を一手に引き受けているようです。対象のご本尊も37人いてなかなかの盛況のようです。
このお祭は、そのうちの二人の兄弟を本尊として祀るタウンビョウン(微笑みの山)という廟のもので、マンダレー北方20キロぐらいのところにあります。毎年8月初旬に1週間ぐらいの会期で行われているようです。
8月11日の午後7時頃会場を訪れました。雨模様だったせいか想像したより人出は少なく、肩が触れ合うほどではなかった。ご本尊の廟と隣接してミャンマー独特のパゴダがあり、そこが終着で、途中に沢山の夜店や急拵えの小屋が並んでいました。メインの通りは子供向けの玩具屋、独特の団子のようなものを売る店、茶店、食堂など、一寸奥まったところには見世物小屋のようなもの、これらは日本でもよく見られる風景です。
圧巻は廟の中、太鼓・鐘を中心にした早い打楽器のリズムに合わせて女性が唄い、それをバックに巫女のような女性が踊っていました。音楽が一区切りつく毎に信者のような男性が登場してお札をばらまく、その場は我々一般人は入れないように柵が設けてあるので大した混乱もなく進められていく。何時の間にか踊り手の両手にはいっぱいの札束が握られている。けたたましくも、狂信的な雰囲気が醸し出す会場は熱気に包まれ何やら別世界にいるような雰囲気になる。ふと気が付くと一般会場でのそこここで、一人あるいは数人の男性が寄り合い、忘我の境地にいるような顔つきで踊っているではありませんか。一見酔っ払っているようでもあり、ははあっ、これだなと得心しました。
ある小屋では、狭いところなのに、踊る宗教よろしく早いリズムに合わせて皆で踊っている。それを見る人が外にあふれている。またある小屋では、神様がのりうつったような女性が体を震わせながら何かをしゃべっている。真剣にそれを聞き入っている人達の顔、顔。こんな場面に出くわしたのは初めてでしたが、いずれもどこかで見たような気がする風景で何とも不思議な気分になりました。
たまたま廟の裏にまわった時、出演を待つ巫女さん達が屯していました。ある巫女さんとその取り巻きは明らかにOKAMAその手の人達でした。
祭りの見物、時間帯から考えても、日本なら終わって一杯ということになるのが相場です。今日、案内してくれたメンバーは日本語が全く駄目、こちらは英語が駄目。思いの丈を切り出せないまま、あっという間に、車は我が寮の玄関に着いてしまいました。
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