
GENKYの視覚障害者スタッフが自ら稼いだお金を使って僧侶を店にお呼びしお経をあげてもらいご馳走しました。
経営陣やスタッフ、国立盲学校の校長先生や社会福祉省の局長、店によく来て頂くお客様なども集まり朝5時半から説教とお経。
食事終了後は校長先生や担当官が視覚障害者スタッフと親子のように最近の話や日常生活を語って、スタッフらは笑ったり説教されたりの楽しいひと時を過ごしていました。
ここの政府は日本政府や一部日本人から色々言われていますが、日本政府の局長レベルがこれと同じことができるのだろうか。と。
少なくとも官僚レベルはこの国の方がよっぽど民主的なのではと感じることも多いです。といっても日本の局長レベルの人とお会いすることなどまずありませんし、どんな生活しているかも知りませんが。
もう1年になります。私が野ざらしの日本兵と思われる遺骨と遭遇したから。
遺骨は日本政府しか日本へ持ち帰ってはいけないという大原則のため、未だ日本に戻れない状況が続いています。ここの政府からは持ち出してもよいとなっているのですが。
他国の批判をする前に、まずは自国を見つめ正してもらいたいものです。
2010,07,26 Mon 15:43

ミャンマーの新聞でバルーチャン水力発電所の50周年記念という特集記事が2日続けて掲載されました。本日2010年4月1日が記念日とのこと。
バルーチャン水力発電所は日本の戦後賠償第1号の事業であり、1982年には第一発電所への円借款供与、1986年には第二発電所への円借款による能力増強工事を行うなど日本とミャンマーの関係を象徴する案件であり、建設コンサルティング会社と建設会社が組んでODAを実行する後のモデルになった第一号と言われる、日本にとっては象徴的な発電所です。
(1954年4月にビルマ政府と商業ベースでの契約書に調印。日本の建設業にとって戦後初となる海外工事。鹿島建設:http://www.kajima.co.jp/news/digest/dec_2006/kiseki/index-j.htm)
そして2003年には施設・設備を改修するため日本の無償資金協力する予定が欧米の圧力により停止。以降、日本とミャンマーの関係が後退するようになったとも言われ、日本とミャンマーの関係には深く関わるバルーチャン発電所。
バルーチャン水力発電所の第三発電所には1年近くも前から中国人技術者が頻繁に立ち入りしており、すでに作業を行っているという話も聞きます。第三発電所は日本が調査を行ったにも関わらず・・・。
欧米は政治問題を挙げて色々発言していますが、一方でミャンマー国内への影響力を着々と強めており、そういった現場を頻繁に目撃、耳にします。
日本政府といえば、人道支援が・・・の一辺倒。他国のようにしたたかに戦略的に動いておられるのかわかりませんが、ミャンマー国内における日本の影響力低下が著しいのを肌で感じる日々です。
トングー・ロード―ビルマ賠償工事の五年間 (1963年) (岩波新書)を読みました。
日本人が命を懸けて作ったバルーチャン発電所も今や中国のバルーチャン発電所となろうとしています。
戦時中、日本軍上層部の一部は撤退寸前までメイミョ(ピンウールイン)に芸者を呼び寿司を食べていたと、元日本兵の方から聞きました。発電機が回り、エアコンが効いた事務所と自宅を往復し、ヤンゴンやネーピードだけを往復している方々が中心になって繰り出されているような日本の今の対ミャンマー戦略。
65年前の悪夢の再現にならぬよう、宜しくお願い致します。
2010,04,01 Thu 12:34
2010,01,09 Sat 13:04

2009年を振り返ってヤンゴンは一般の人々の服装も含め変化が大きかったと感じます。変化の象徴の一つがミャンマーの人々を対象にした海外旅行。シンガポール、バンコクだけでなく、中国や韓国、EU諸国へのツアー募集広告もよく目にします。
GENKYにご来店頂く常連のお客様からは年越しは海外と話されていた方々も少なくありません。
2010年は海外からの支援や進出が本格化していきそうな雰囲気の中、物価の更なる上昇、格差が広がることが予想されます。
2010年はミャンマーにとって重要な一年になることはほぼ間違いありません。2010年のミャンマーの動き、ぜひ注視ください。
ヤンゴンナウもこれまで多くの方々に支えられ丸10年経ちました。
この場をお借りして深くお礼申し上げます。
2010年も引き続きご支援のほど何卒よろしくお願い致します。
それではよいお年をお迎えくださいませ。
2009,12,31 Thu 09:31
2009,12,25 Fri 10:19

軍事施設内部ということで外国人が訪れることは少ない場所の僧院に用事があり先月訪ねました。そこの僧侶から、最近雨が降り土砂が削れて日本兵の遺体と思われる骨が出てきてるがどうしたらよいかと相談受けました。
この場所は戦時中イギリス軍と日本軍と激しい戦闘が行われた場所で、最近も不発弾や銃弾が見つかったようです。

ビルマの人はパゴダの近くに遺骨は埋めないとのことで、イギリス兵か日本兵の遺骨だろうとの話。戦時中は多くの日本兵が犠牲になったと前任の僧侶から聞いているそうで、かなりの確率で日本兵のものだろうとのことでした。
ちなみに国境地帯でもなく観光客も普通に訪ねることができる馴染みのある街の郊外。
ミャンマーに関わる人だけでなく戦後60数年経過した今でもこのような状況であること多くの人が知る必要があるように思います。
2009,07,17 Fri 08:12

ついにミャンマーでGSM式プリベイト携帯電話のシムカードが発売されました。
ヤンゴンのダウンタウンで分かりやすいところでは、パンソーダンのヤンゴン中央電話局隣接のMobile Mall、スーレーパゴダ前、消防署隣のMyanmar Shopping Mallなどで購入できます。
シムカードのみですので、GSM方式の電話機を別途購入が必要です。(日本で販売されているものは普通シムロックされていますので、ロックを解除しないと使用できません。)電話機は安いもので50000チャットほどで購入できます。

シムカードは2種類、FEC10ドル(FEC10ドル分通話料込み、14日間有効)とFEC20ドル (FEC20ドル分通話料込み、30日間有効)
通話料はOutgoing:FEC0.3 per minutes、Incoming :FEC0.05 perminutes
国際電話も可能で、秒単位で料金加算されます。固定電話の場合は分単位ですので国際電話をかけるのには便利です!
*124# をダイヤルすれば残高が表示されます。

外国人であればパスポートを見せれば簡単に購入でき、シムカードを電話機に入れれば何も設定しなくとも通話可能となります
2008,12,17 Wed 14:23

バンコク国際空港閉鎖のためにヤンゴンからの出国が困難になっております。
*タイ国際航空
昨日からヤンゴン⇔バンコク間の臨時便が運行されています。
本日も運行予定です。
TG3059 Utapao (17:55) -> Yangon (18:40)
TG3069 Yangon (19:40) -> Utapao (21:20)
*シルクエア/シンガポール航空
本日10:00現在、シンガポールへのシルクエア便は12月12日まで満席です。
*陸路での出国
期間限定で許可証がなくてもタイレクからの陸路での出国できるようになりました。ただし、いつ出国ができなくなるかわからないので、最新情報をご確認の上ご利用下さい。
2008,11,30 Sun 15:54
2008,11,15 Sat 14:01

ビデオ/DVD「太平洋戦争(全10巻)」は、太平洋戦争の事実を検証しながら、命をかけて戦った将兵たちの実情に迫る映像中です。
当時のニュース映像や新聞記事、国の運命を握る電文などの戦史資料に加えて、将兵の手記や手紙なども収録しています。
第8巻は「インパール作戦」
●ビルマでの日本軍統治●大東亜共栄圏●インパール作戦●大本営の作戦指導●連合軍のビルマ反抗作戦●日本軍陣地跡●日本軍の撤退●陸軍刑法●ミートキーナの戦い●拉孟日本軍守備隊の玉砕●騰越日本軍守備隊の玉砕 など
第15軍司令本部やインパールへ向かうインド国境地域など第8巻の一部は弊社が撮影コーディネートさせて頂きました。
お問い合わせ ユーキャン出版局 電話 03-3378-0770
2006,04,19 Wed 13:20



