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ミャンマーリポートMyanmar Report

パレワ訪問記 (その2 Mrauk-U)

by アウンルイン

Sittweからパレワに行くには仏教遺跡で有名なMrauk-Uを経由しなければいけない。Mrauk-Uへは陸路と水路の両方で行くことができる。陸路ではエクスプレスバスや小型トラックで約5時間、水路で行く場合は通常5時間である。日曜日だけ運行している150名乗りのエクスプレス船だと1時間で行くことが可能。これは外国人は25ドル。ミャンマー人は1800チャット。私は日曜まで待てないし、船の上を5時間は退屈なのでエクスプレスバスを選んだ。1000チャットでバスチケットを購入し7時に出発、Mrauk-Uに向かう。

Malika
エクスプレス船の看板

Bus
Mrauk-U行きのバス

バスはSittweから上にあがりKyaut Taw町から市街に向かう。両側には田圃、山脈ラカイン村、ニッパ椰子(熱帯アジア・オーストラリア北部の海辺・河岸に生えて葉は屋根葺用、花軸の樹液から砂糖をとる)等で雰囲気がある。行く途中乗客が下車したり乗車したりする以外はノンストップで走り、12時頃はMrauk-Uに到着する。

幸いにもヤンゴンに住んでいるラカイン族の知り合いが手紙でMrauk-Uの人を紹介してれいたのでその手紙の住所のところにて1人100チャットのサイカーで向かう。バスターミナルから5分位行ったら街の中心地のようなところにある市場の隣にあるその知り合いの家に到着。挨拶してMrauk-Uのことをからいろいろ教えてもらい、ホテルを調べに行く。彼らの家に泊まることを勧められたがが初対面だし他人に迷惑を掛けたくないのでお断りする。

ホテルは民間のホテルNawaratHotelや政府系のMrauk-U Hotelを見つかりました。どちらもテレビ、エアコン、ミニバー、バスタブがあったがNawaratホテルは24時間電気があって電話なく、Mrauk-U Hotelは電話があるが電気がないという状況。私は電気があるNawarat Hotelに宿泊することを決める。私が行った時はまだ雨季だったので毎日雨が降ってうっとうしい天候。その為か外国人観光客は1人も見ない。とても疲れたし、お腹がぺこぺこだったのでホテルで食事を済ませようして注文したらホテルには客がいないので何にも用意してないと言われる。これまで様々なホテルに泊まったが料理が一切できないホテルは初めての経験でびっくりした。仕方なく外出して市場の回りにあるラカイン料理のお店に入る。相変わらず、辛いラカイン料理・・・。

ここMrauk-Uではホテル以外は中華料理店はないようだ。食事してからMrauk-Uの事情を調べるのも兼ね有名なパゴダを回る為、ジープ一台をチャーターする。ここはSittweより車が少ないし山に囲まれているのでジープがとても便利。最初に行ったのはShitaungパゴダ。パゴダの中には壁画もありバガンにあるパゴダと同じ雰囲気。ここのパゴダ祭りはラカイン州では最も大きいお祭りでラカイン州全土からラカイン族が年一回集まる。伝説では紀元前からのパゴダ祭りが行われたと言われており、例年5月に5日間ボートレース、サッカーなどが催され、水祭りよりも盛り上がる水掛けなどとても賑やかだそうだ。

Kotaung パゴダ
Kotaung パゴダ

次にKotaungパゴダに向かう。伝説では昔、王様がパゴダ8万をたてのを見たその王様の息子が父より数が多く9万のパゴダを建てようとしたところ、父より偉くなりたい息子への処罰として雷が落ちパゴダが崩れてしまったと言われているそうだ。

Sandamuni パゴダ
Sandamuni パゴダ

Sandamuniと呼ばれてる銅でできたパゴダ。第二次大戦中にイギリス兵達がミャンマー全体にある銅で弾丸を作る為にこのパゴダの銅を運び出したとそうだ。パゴダの中にある仏像もいくつか運ばれたそうだが、いくつかは村人が仏像を泥で塗ってカラタン川のところに隠して運び出されずにすんだそうだ。戦争が終わって仏像は元に戻して今に至るらしい。それからテレビでよく出るHtokekantheinパゴダ、マンガーパー等を行った。ホテルに戻って夕食は昼のように料理の種類4、5しかないラカイン料理のお店に出て行った。

2002/11/03

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