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西垣 佐人江のエッセイEssay by Nishigaki Satoe

ヤンゴンマダム?の生活奮闘記---住居編---

by 西垣 佐人江

 甘い結婚生活を夢見てた私。 1999年4月に式を挙げ同5月にはここヤンゴンに大量の食糧と共にやってきた。そして結婚間もない私は夫の仕事先であるミャンマーでの生活が、甘いか辛いかはさておき、現実にスタートを切ったのである。
 我が家はダウンタウンと呼ばれる地区、中でも中国人が多いためチャイナタウンと呼ばれている所のビルの一室を居に構えている。


私達の住居ビル。SANAYの事務所もこのビルの中

 構えるといっても、 そう簡単に構えられるものではなく、まず部屋のオーナーに会い、年間の家賃の交渉(ヤンゴンでは基本的に家賃は1年分前払いしなければならない。)
 そして、一番大事なのが電話の有無。ここミャンマーの電話事情は大変悪く、全部屋に電話が付いていると思ったら大間違い。なにしろ、新しく電話を引くだけで2,3年待つのは当たり前。待っても来るとは限らない。でもそこはミャンマー。何でもお金で買うことができる国。一歩言い間違えれば、ワイロとも言うが、ここはきれいに手数料としておこう。手数料の現在の相場は電話回線ひとつ80万チャット(約25万円)。ちなみに、携帯電話はひとつ120万チャット(約40万円)する。携帯電話は最近値段が下がったといってもこの値段。一年前はこの倍の値段をつけていた。
 次は家賃の交渉について。一部屋一部屋のオーナーが違うため、部屋があるといってもオーナーに出会うまでが大変。それぞれの地区には家を紹介するブローカーと呼ばれる人物が必ず存在する。何故か彼らは、たいていラペイエサイ(喫茶店)でたむろってるので、わからなくても、喫茶店を探せばブローカーを見つけることができる。
 もし気に入った部屋があれば、ブローカーを通してオーナーに会うことができる。もし成立すれば、ブローカーのところには一ヶ月分の家賃が報奨金としてオーナーから支払われるという、ミャンマーらしいシステムになっている。
 もちろん、いわゆる不動産屋と呼ばれる会社も存在するが、もし成立した場合はオーナーと契約者の両方から一ヶ月分の家賃を不動産屋に収めなければならない。主婦からすれば何とも無駄な。私達夫婦はブローカーを通して今の住居を得たのであった。
 住居といっても、ここは外資系の会社が建てたわけではなく、ミャンマー企業が建てたビル。どう見ても、レンガを積み立て、その周りにコンクリートを塗り固めただけの、授業の工作を思い起こすような、誰でもできるような作り。案の上、我が家には室内に扉が5つあるが、そのうちの4つは、すでに閉まらない。いわゆる設計ミスである。付け加えるが、ここは築2年の新築ビルである。


新築なのに閉まらないドア

 契約時に話を戻そう。 契約は無事終了し、いざ部屋の中に入ると、驚いたことに部屋の中には何もない。本当に何もない。日本のアパートを想像していただけに、何もないのには本当に驚いた。電気のスイッチぐらいあってもいいんじゃない。と思うかもしれないが、それすらない。キッチンも床も何もついていない。あるのは、剥き出しにされたコンクリートの壁と排水溝とトイレの便器だけであった。
 1999年2月に住居を見に一度来緬し、その時に壁の色、室内灯の色やデザイン、床はじゅうたんかビニールシート、またはフローリングにするかどうかを決めた。そして家具は日本から持ってきた広告のチラシとカタログから選んで、家具屋にオーダーメードで作ってもらうことにした。ここミャンマーでは、既製品の家具とオーダーメードの家具の値段はほとんど同じである。要するに、家具の値段はどれだけ木を使用したかに左右される。何と合理的なのだろう。(多分、人件費が安いからだろうが)
 私は出来上がりの不安を募らせながら、ミャンマーをあとに、日本に帰ったのである。そして、いよいよ我が家とご対面すべき、ミンガラドン国際空港に降り立った。
 いったいどのようになっているのか。何もない所からあれこれと想像をめぐらせながら選んだものだから、一抹の不安は隠しきれない。「ここはミャンマーなんだから期待しない方がいい」と思いつつ、だんだん我が家に近づくにつれて、胸の高鳴りがぁ―――と思っているうちに、主人が扉を開けてしまった。もう少し、想像の世界に浸りたかったのにと、主人を横目で睨みつけながら家の中に入った。
 電気を点けると、一瞬にしてパアーと私が選んだあの室内灯が眩しいくらいに部屋中を照らしているのには感動した。3ヶ月前に訪れた時は何もなく、殺風景で寂しささえも感じたのに、今はもう命が吹き込まれたかのように、温かみが感じられる。


うまく写りすぎてしまった・・・

 壁の色もいいじゃない。 床も主要な部屋はフローリング、あとはビニールシートにして正解。と先程までの不安は何だったかのように、思わずはしゃいでしまった。キッチンに行けば使いやすいように、調理台も私の身長に合せて高くしてあり、大満足。


プロパンガスはひとつ3000チャット

 家具もあの広告のチラシと同じデザインなのが出来上がっており、GOOD。 ただ、キッチンの食器棚の引き出しが閉まらないのが、気になるが、ここはミャンマーということで目をつぶろう。4月から工事を始めて一ヶ月半でこんなにも変わるものかと感心してしまった。その夜、日本から持ってきた食糧を戸棚に並べながら「次は食糧だわ」と主婦の闘志をメラメラと燃やすのであった。

©西垣 佐人江

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